市原市議会議員 大曽根友三〜トモゾウ〜のBlog

トモゾウの日々感じたこと思うこと。 たまには市原市の行政ニュースや議会の動き。 本音が書けたら…

頑張れ消防団 ポンプ操法大会

加茂操法大会2013昨日は地元の消防団が
平素の訓練の成果を競うポンプ操法大会を
見てきました。

皆さん、4月から2カ月近くの期間、
仕事が終わった夜間を中心に
大会に向けての訓練をこなしての大会参加です。

全体に、
自分が現役の頃よりレベルが上がっているように感じました。

全国的に
阪神大震災から東北の大災害を経て、
消防団の存在が見直されているようですが
実際には団員不足が言われております。

私の地元でも
過疎化、高齢化が進むなかで、団員不足はやはり深刻になっております。

火災や防犯の予防活動や
実際の火災、災害出動に備えた普段の活動が主体ですが
実際には
PTAであったり、お祭りの担い手であったり、
地域の各種行事を担う若い人たちの集まりであります。

消防団で培った絆が
近い将来の地域に絆になって行くことを考えれば
団員不足は
地域の絆不足に繋がる様な気がします。



中房総国際芸術祭 開催まで あと・・・

22日の夜に
いちはらアート×ミックスの説明会が行われました。
地元の市民団体や町会長さん達が
会場いっぱいに集まり、期待の大きさが窺われます。

但し、ほとんどの方が国際芸術祭を見たことがありませんので
「手伝いたいけど何をしたらいいの?」って言う感じでしょうか。

準備に当たる行政側も
総合プロデューサーの采配次第ですから、
なかなか具体的なことまで言及できないつらさがあるみたいです。

総合プロデューサーの北川さんも
瀬戸内国際芸術祭の関係もあるみたいで
まだ市原モードになっていないのかしらって勘ぐってしまいます。

まぁ 
芸術やアートって発想力だからその場で決めることも多いんでしょうが・・・

でも時間はどんどん進んでしまうので・・・

会議終了後、旧知のH氏とM氏と相談しまして
おせっかいの会を立ち上げることにしました。
とりあえず一杯やりながらいろんなアイデアを出して
あんな食材はどうだろうかとか
こんなお店に協力してもらったらオモシロイだとか
余計なおせっかいをしてみようじゃないかという会です。

だって
「良く解んないから様子を見てる」って感じの人が多いんですもん。


きっとここにしかないだろうという食材をひとつ。
↓ ふきのぬか漬けです。
ふきのぬか漬け多分、想像と勝手な決め付けですが
白鳥地域でしか味わえない食文化のはず。
それも 白鳥でもごく一部の家庭でしか作らないはず。
だって作るのは手間がかかるんですから。

わたしは昔から食べてるから珍しくもないですが
「この時期に、ここでしか食えないよ」とよく言われます。

そうした
地域の小さなお宝を拾い出して行こうというおせっかいの会が
ただの飲み会になるのか、何かの成果を上げるのか
誰も期待していないでしょうが
H,M両氏と組むと何か面白いことができそうな気がしております。

花壇のイチゴを食しました

夕げ昨日書きこんだ花壇のイチゴですが
早速、夕食のテーブルに載っていました。
妻が5個を収穫したのですが
写真を撮る前に2個、味見してしまいました。

大した世話もしていないのに立派な実を付けるとは
なんとえらいのだろうとほめながら食べたのですが
甘みと酸味のバランスが程よく、イチゴって感じがしましたです。

最近のイチゴは品種改良が進んで
大変甘くておいしいのですが
ほったらかしで育ったイチゴは
何となくイチゴ本来の味を残しているような感じです。

夕げには
そら豆のかき揚げ・・・まだ実が熟していませんので
かき揚げの具になったのでしょうが初夏を感じさせる風味が美味。
(当然畑の露地ものであります)

きゅうりのぬか漬け・・・
こちらも初夏を思わせます。パリパリ感が良いですね。
(こちらも当然露地物)

サヤエンドウ・・・
私、大好きなんです。春はこれがなくちゃいけません。
(畑の奴は甘いんです)

ワラビのお浸し・・・
もうすぐワラビの時期も終わります。
今年も楽しませてくれました。

野菜や山菜のうまさが解る暮らしって
実は幸せなんだろうなどと考える夕げでありました。

イチゴが実を付けていました

イチゴ会社の花壇に植えたイチゴが
実を付けていました。
大した世話もしていないのに健気なものであります。
自然の営みには感心させられます。

自然相手といえば・・・

周囲の田んぼも田植えが終わり
これからは草刈りという作業が待っています。

田舎の細い道などは
放っておくと草で覆われてしまいますから
夏にかけて数回の草刈りがされます。
結構大変な作業ですが
共同作業などで近隣の方とのコミュニケーションが取れたりします。

コミュニケーションといえば・・・

昨夜は地元の消防団のOB会がありました。
26日が消防の操法大会ですので
練習の応援と金一封の徴収の打ち合わせです。
OBとなると、こんな切っ掛けがないとなかなか顔を合わせませんので
楽しいひと時を過ごさせていただきました。

楽しいひと時といえば・・・

土曜日に地元の商工会が主催する
カラオケ大会に顔を出してきました。
今年で25回目を迎えますが
若い衆の時に大会開催のために使い走りをしたことを思い出しました。
100人を超える方達が楽しいひと時を過ごしているのを見ると
こちらもなんだか楽しくなってきます。

中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

里見カウントダウン連休明けのことでしたが母校の学生さん達に
「中房総国際芸術祭」市原アート×ミックスについて
お話をする機会を頂きました。

技術系の学校ですから
専門課程を学んだ学生さんばかりです。
教室には技術の専門教育に当たる教授の面々も・・・

私が学生時代にお世話になった教授が
「社会問題を解決する手法を体験させる授業をするから
 何でもいいからテーマを出せ」とのことでしたので
行政と住民、アーティストとボランティア、
みんなで作り上げる芸術祭の
さわりだけでも伝わればという感じでお話してきました。
・・・与えられた時間が7〜8分でしたので。

専門技術を学んできた学生さん達は目が点と言ったところでしょうか。

だって、学んできた技術や専門知識を直接生かすテーマじゃないですし
国際芸術祭なんて知らないでしょうから・・・

それで 改めて考えさせられました。

大きなイベントにしたいアート×ミックスなんですが
伝えるのは大変なことなんだと。

越後や瀬戸内を見てきている者と
芸術祭に関心(情報)が無い人との隔たりは大きいんだというところです。

マスコミへの詳細発表が5月29日。
作品制作の着手は当然その後。

お土産品の開発や地元食材を使った飲食サービスなど
課題はまだまだ山積みです。

圏央道の開通で首都圏に時間的に近くなったことで
芸術祭本番では渋滞なども予想されます。

順調に準備が進んできたところですが
意識をリセットする感じです。

わんぱく相撲市原場所

わんぱく2013昨日ですが
今年で15回目を迎えるわんぱく相撲市原場所に
行ってきました。
子供たちの熱戦に会場も熱気にあふれておりました。

相撲は勝負が早くて勝敗が単純ですので
一生懸命の取り組みに引きこまれてしまいます。

指導に当たっていただいている
相撲協会の役員の方が近くにおりましたので
解説つきでした。

少しでも稽古の機会があった子は
やっぱり相撲の取り方が違います。

普通の子は立ち合いで
蹲踞もなかなかできないという事でしたし、
かけっこのスターとの構えになってしまうそうです。
相撲の取り方にも少し余裕が感じられるのは
やはり経験の差でしょうか。

年々参加者も増えてきていますし
昨年は国技館でも3位を獲得しています。
今年も市原の子供たちが
県大会を勝ち抜いて、国技館の土俵で活躍してほしいものです。


誰も褒めてくれませんが・・・

実は・・・

わんぱく相撲市原場所の創設者は・・・

私なんです。

こんな大きな大会に育てていただいた相撲協会の皆さんに感謝です。

養老渓谷は花盛り

藤の花201302千葉の里山は
一番きれいな季節を迎えているのかもしれません。

里山には藤の花が見ごろを迎え、
新緑と紫の花の競演が 
春の芽ぶきを感じさせてくれています。

菜の花や桜は終わりましたが
自然に咲く花花が 次から次へと季節を伝えてくれます。

田んぼは田植えが終わって早苗が風に揺れていますし
ゆったりと流れる時間を感じるには一番の時期ではないでしょうか。

もうすぐカエルの合唱も始まるでしょうし
6月になれば蛍の話も聞こえてきます。

残り少ないGWですが
房総の自然を感じに来てはいかがでしょうか。

端午の節句

藤の花201301親戚のお節句にお呼ばれしてきました。
会場は養老渓谷の旅館「福水」
旅館の前の藤の花が見ごろでありました。

最近の少子化で節句のお祝がめっきり減りましたが
元気に健やかに成長して欲しい気持ちは
昔も今も変わりません。
とっても楽しいひと時を過ごさせていただきました。

福水さんも久しぶりにお邪魔しましたが
きれいに改装されていて
それもまた楽しい雰囲気作りを助けていただいた感じです。

養老渓谷でも頑張っている旅館として
お気に入りの一つなのであります。



ピンクの苺が増えてきました

ピンクの苺2013会社の花壇に数年前に植えた
ピンクの花を咲かせる苺が
今年も花を付けました。

年々、少しずつではありますが
株を増やしてきています。
ほとんど世話をしていませんが健気なもんであります。

今日は
市原バスターミナルの開場式典に参加してきます。

10時からが式典ですが
9時ころから地元の方が餅つきを始めるそうですから
早めに行ってみます。

圏央道が開通します

圏央道開通圏央道の木更津〜東金間がいよいよ開通します。
27日(土)の14時からという事ですが
市原市内にも「市原鶴舞IC」が新たに供用開始。

これまでも ゴルフ場を中心に、横浜や東京から、
多くの方が観光に訪れていましたが
更に便利になったことから
外房の海岸線も含めて、観光に関わる方達からは
一層の観光振興に期待がされています。

開通翌日の28日からは
市原鶴舞IC近くにできたバスターミナル経由で
高速バスも運行を始めます。

温暖で 海の幸、山の恵みがたっぷりの
「首都圏のオアシス」を自負する南市原に
足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

大福山の上から眺めると

もやの石塚養老渓谷のハイキングコースにある
「白鳥神社」の春のお祭りに行ってきました。
生憎の雨模様でしたが 山の上から下界を見下ろすと
新緑の山々に靄が立ち込めていました。

例年ですと
山桜の競演が美しいんですが
たまにはこんな景色も良いもんです。

こんな雨模様のなか、
大福山に登ってくるのは関係者だけですから
こんな景色を見られるのも関係者だけ。
そう考えると雨空もまた楽しきものであります。

帰りには雨も小降りとなり薄日が差してきました。
薄日が差し込むなかでの新緑の美しさも格別です。

私としては秋の紅葉も良いんですが
春の新緑の方をお勧めします。
道路は新緑のトンネル状態。
新緑のトンネルをくぐっていると
何となく元気を頂いたような気になります。

白鳥神社は
ヤマトタケル伝説に由来した由緒ある神社なんです。
三浦半島から房総半島に渡ってきた日本武尊が
山中で迷い、白い鳥に導かれて・・・
という事なんですが
それ以来この地域の総称を白鳥と言っています。
その昔も白鳥村がありました。

アート×ミックスまで あと○○日

里見カウントダウン小湊鉄道の里見駅の前に
地元の方の好意で設置していただいている
看板にカウントダウンのボードができました。

設置していただいて、管理までして頂いているのは
有名な(知ってる人は知っている)与一郎ザクラの
オーナーでもあります。

NHKの家族に乾杯が市原市を取り上げたときにも
この桜を撮影に来ていました。

じわじわと広がる
中房総国際芸術祭いちはらアート×ミックス。

4月15日には
牛久に最前線基地となる
市役所の推進室が設置され、活動がいよいよ本格化します。

アートミックスのご紹介は≪こちら≫

小中一貫教育校

加茂学園開校式市原市の加茂地区に新しい学校ができました。
少子化が進み、子供たちが減っているなか
地域の4小学校を統合して
中学校と併設しました。

市原では初めて、千葉県内でも2番目という
小中一貫教育校の誕生です。

開校式が4月8日。
入学式が4月11日。
小中合わせても全校生徒262人の小さな学校です。

新1年生が21人。
9学年の平均でも1クラス30人弱。

世界で教育水準が高いと言われるフィンランドでは
1クラス20人の小規模編成です。

と、言う事は
世界の理想に近いという事になります。

もともとこの地域では教育熱心という伝統があります。
サイエンスパフォーマーとなっている
でんじろうさんもこの地域で高校生まで過ごしていますし
国公立大学に進んでいる方も比率で考えるとかなり高いと思われます。
(調べたわけではありませんが)

この新しい一貫教育校が
子供たちの知力、体力、徳育を伸ばし、
理想の学園になることを祈るばかりです。

仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 5

4.名取市 
 
閖上(ゆりあげ)地区の復興を中心にお話を聞くことができた。

↓ 名取市役所
名取市役所
行政の震災復興の対応として、震災復興部を新設。
部の組織として生活再建支援課を設置。
その下に
・仮設住宅管理班・生活支援給付班・生活再建支援班。

更に復興まちづくり課として
・区画整理班・移転整備班・復興住宅班を置いた。
 
議会の対応として、常任委員会を4から2に再編。
21人の全議員が参加する災害復興特別委員会を新たに設置。
災害復興に向けて迅速な協議を図っているそうである。
お邪魔した時にはたまたま特別委員会が開かれており、
傍聴を希望したが断られてしまった。
 
震災復興部にお邪魔した時に傍聴を断られた理由が解った。

閖上地区では区画整理によるまちの再建を予定し、
住宅が込み入っていない被災地については高台移転を基本方針としている。

計画策定段階から市民の意見を聞きながら進めてきたが、
最近、具体案を発表したところ異論が続出。
計画自体が空中分解する恐れさえあるそうだ。
その状況では他市からの議員の傍聴は断られてもいたしかたない。
 
5千人が暮らしていた閖上地区では亡くなった方も多く、
相続の問題が浮上。
地震により土地が動いており、境界が定まらない。
などの個別の意見が寄せられている段階だそうである。
 
区画整理による再開発を行えば、
相続などの手続きも行政が手伝う事が出来るし、
境界確定も登記の面積で進めながら、
再建した後に新たに確定できるので、
住民にとっても有効な手法としているが、
個別の事情によりなかなか進展しないそうである。

また、名取市では組合施工の区画整理はあったものの、
行政による直接区画整理事業の経験が無いそうで、
そうした不慣れな点も
問題解決に時間を要する一因かもしれない。
とは担当者のお話でした。
 
総務課長からは
市原市からの職員派遣に対しての感謝の言葉と
その後のメンタルケアまで心配される気配りを頂き、
現在も県から16人、名取市の臨時雇用17人という実情を伺った。
また市民の意識として
「災害の記憶が風化してきたように感じる」という事も伺い、
災害復興に向かう行政運営の難しさを垣間見た感じである。


東日本大震災の早期の復興を祈ると共に、
市原市も震災被害を教訓として、
防災、減災に平時から取り組む必要を強く感じた。

ゆりあげ慰霊塔
↑ ゆりあげ地区の慰霊塔の高台から。

5千人が暮らした街も一瞬で消えてしまった。

仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 4

3.仙台市 葬祭業 菅原氏
 
死亡・行方不明者が2万人を超えた東日本大震災に於いて、
宮城県では約1万人に近い方の死亡が確認された。

宮城県で13か所の葬祭場を展開する菅原氏の会社でも
2か所の葬祭場が津波の被害を受け、
建て直しや他の施設のメンテナンスも含めて
再建に2億円ほどの費用がかかったそうである。
 
県内の葬祭業で協働しながら対処に当たったそうであるが
「まず棺が足りない。
全国からつてを頼って1千個を調達したが到底足りるものではなかった」
というリアルなお話から始まった。
 
ガソリンもなく、移送もままならないうえに
遺体の保存、搬送、埋葬は法律で決められた手続きもあり、
厚生労働省の特例通達や宮城県の通知、県警の通知、仙台市の通知など、
法律を踏まえることから業務が始まったという事である。

当然であるが社員のなかにも被災者がいる中での業務活動となった。

↓ 菅原氏の会社外観 
仙台清月記

仮埋葬、
3ヶ月後くらいからの掘り起こしての火葬という作業は
メンタル部分は当然として、
匂い、手触りなど想像を超えたつらさがあり
「社員の皆さんや業界関係者のご苦労は頭が下がる」と言われていた。
確かにマスコミ報道ではそうした部分は報道されないことである。
 
火葬場も処理能力を超えていて、
東京にまで手配して体制を整えたが、
荼毘にふすまでに約10日ほどかかり、
その間遺族の方との接触は
最前線である葬祭業者に大きく委ねられていたそうである。
 
そんな中でも他県から多くの葬祭業者が入り込み、
棺の争奪や火葬場の順番待ち、遺族への対応ミスなど、
葬祭業の印象を悪くするような事例が多くあり
心を痛めた様子であった。

詳細な活動記録を冊子として製作しており、
「震災の経験を風化させない」という菅原氏の言葉には
被災者と向き合ってきた自負がうかがえた。
 
菅原氏は仙台においても若手経営者として活躍されており、
経済復興とその後の仙台の活性化についても
積極的に行動されているようである。

「今はミニバブル。市内のマンションは周辺の子育てが終わった、
それなりの所得がある世帯の入居で満杯。
人口構成も少し変わるかもしれない」として、
「高齢者が歩いて生活ができるスモールシティとなった。
これを生かすまちづくりに向けて行政も動き出さなければならない」と
復興から未来を見据えていた。

これからさらに仙台市街への一極集中が加速し、
東京まで2時間という新幹線効果で仙台は発展するだろうし、
させなければならないと決意のほどを述べていた。
「生き残った者の務めです」という
別れ際の言葉に氏の活躍を祈るばかりである。

仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 3

2.東松島市

災害により不通になっている仙石線のうち
「りくせんとみやま駅」を視察した。
駅前といっても無人駅の小さなものだが 
目の前が海岸線で海岸の復旧工事が行われていた。

海岸線の復旧後、線路の復旧という流れで、
現在は線路は外され、復旧にはあと2年ほどかかるそうである。
仙石線 

駅前にある商店主の方にお話を聞くことができた。
「40軒ほどの集落のうち5軒が転出した。
津波は高さ1.4mで家が流されるような被害はなかったものの、
列車が無くなったことが転出の大きな理由」と感じているそうだ。

仙台市街まで約1時間に位置する当地では
漁師も高齢化で減少しており、
「倅夫婦がサラリーマンなら災害がきっかけで出て行ったしまうだろう」と
ふるさとの衰退がさみしそうであった。

小湊鉄道が被災した場合を想像すると 
鉄橋などの設備の老朽化もあるため、
復旧には仙石線以上の時間を要するであろうし、
牛久以南は「廃線」という選択肢が高い可能性で考えられる。

現実に仙石線は一部廃線が確定しており、
乗降人数が少ない地域では致し方ない選択かもしれない。
しかし、沿線に住む住民、
特に公共交通機関に頼る高齢者や
通学に利用する児童・生徒にとっては大きな問題である。

いちはらアート×ミックスのような観光振興事業で
今から利用者増を図っておかなければ「廃線」の危機は常についてまわるだろう。
 
とみやま駅にほど近い災害復旧工事の現場を見ることができた。
仙石線脇の堤防のかさ上げ工事に着手したところだそうである。
海からすぐに斜面になっているため、
資材の搬入はすべて海からの輸送という制約があり、
難工事の様子であった。

現場担当者の方が図面等で説明していただいたが
資材不足のため工程管理が難しいとのことである。
特に生コンクリートの出荷が制限されており、
単価も上昇して予算が組めないとのこと。
 
資材価格の上昇には単品スライドなどの手法もあるので伺うと、
震災とはいえ東北地域限定の物価上昇なので
行政側の明確な答えがもらえないとのこと。

更に、技術者不足でそうした書類作成にまで手が回らない現状で
「予算より工事管理で精いっぱい」とのことであった。
「東北の事だけで建設業法まで変えろとはいえないでしょう」と
建設技術者としての正論と、
「特例を認めてほしい」という本音の両方の言葉を頂いた。

仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 2

1.宮城県建設業協会 専務理事 千葉氏

建設会社の経営者でもある千葉氏は 
被災当初、社員や協力会社の安否確認を社内に指示だけして、
建設業協会と宮城県との「災害協定」による
災害応急対応を指揮するために行動を始めたそうである。
 
社員のうち2名の安否の確認がとれないことや
自社の被害も確認できないなか
応急対応の陣頭指揮に当たらざる負えなかったそうである。

「とにかく動く」ことしか頭になく、
まずは人命救助、続く物資輸送のための道路上のがれき撤去など
「いつ寝ていつ食べたか解らない」という数日を過ごしたし、
その時期の記憶があいまいなほど集中していたのだろうと感じているそうである。
 
安否不明の社員のうち1名は
現場事務所のなかで亡くなっていることが確認されたそうだ。
工事現場の同僚などの話によれば、
作業員などを避難させ、
自分は現場の地震による被害を確認して
バリケードなどの安全確認をしてから避難すると言い残して
現場に向かった姿が最後だったという事である。

「津波被害に遭われた多くの方のなかには 
同じように家や漁船などの確認のために海岸線に向かった人が多かったと想像します」

「千年に一度の災害ですから津波の怖さを忘れていたかもしれません」
「やはり訓練が必要なのでしょう」等々、
実際に被災して陣頭指揮に当たられた方の言葉には説得力がありました。
 
復興に当たっては 資材、機械、人材など、
復興に必要なものすべてが不足しており、
建設業界として限界とも言える最大限の努力はしているが
中々すべてには手が回らないとのことであり
「小泉改革以来、建設投資が減り続け、
民主党政権の3年余りで建設業のキャパシティが半減していたなかでの災害なので
期待に答えきれないもどかしさを感じる」とのことである。
 
そもそも建設技術者や技能者の育成は 
経験工学と言われるほど時間と手間がかかることから、
今そこに工事があってもすぐに人間が湧いて出るようなものではなく、
復興バブルも数年と思えば
無理な投資もできないという本音も理解できるところである。

↓ 災害復旧の護岸工事の現場
仙台護岸工事 


市原市においても建設投資は減り続けており、
業者数、雇用数ともに減少し続けている現実がある。
更に臨海部の工場地帯においても、
メンテナンスに関わる人材はリストラされており、
下請け企業も仕事の減少により業態を変えつつある。

コスモ石油のガスタンク爆発は市民に大きな被害は出なかったものの、
大きな災害が重なれば、
空洞化しつつあると言われる臨海部の工場群も
縮小や移転を考える可能性が高い。
 
市行政でできることには限界はあるが 
防潮堤のかさ上げ、臨海部で働く皆さんの避難路などのインフラ整備、
技術・技能継承のための公共工事のあり方、
災害協定の再整備や協定を結んだ企業の評価など、
考慮すべき課題のいくつかが浮かんだ。
 
千葉氏には
東日本大震災での宮城県建設業協会の
活動記録を編集した冊子まで提供していただき、
更には海岸線の復興工事についても見学できるように手配を頂くなど、
ご協力に感謝したい。

仙台に行ってきました(観光じゃないよ)

宮城県の仙台市、東松島市、名取市などを視察してきました。

3.11からまる2年。復興の遅れが報道されております。

現地の復興の様子や暮らしのありようなど
現実を見てみたくなりました。

大震災当初には「物見遊山」的に取られたくなかったのと
地方議員とはいえ、
行くとなれば現地の関係者に
余計な手間を煩わせることになってしまうので
遠慮しておりました。

そんなことで実行した災害被災地の様子を・・・
議長に提出する視察報告書をもとにお伝えします。



◆視察の目的及び選定理由

1.仙台市 宮城県建設業協会 専務理事 千葉氏
  東日本大震災における「緊急対応」「災害復旧」「災害復興」の最前線で
  陣頭指揮を執り続けている方のお話を聞くことにより、
  市原市の災害対応、災害復旧の参考とするため。
  
  また、復興に向かう宮城県の発注者の問題点や
  施工関係者の問題点をお聞きすることで、
  マスコミ報道にある「復興の遅れ」の実態を調査すると共に、
  被災から2年経過して風化しつつある被災地への支援の可能性や
  市原市の「災害に強いまちづくり」の参考とするため。

2.東松島市
  災害により不通になっている仙石線の復旧や
  海岸線の復旧状況を調査することにより、
  公共交通を失った地域の暮らしの変化を実際に見聞し、
  市原市南部地域のように単線の小湊鉄道が被災した場合の参考とするため。

3.仙台市 葬祭業 菅原氏
  約2万人が亡くなった東日本大震災に於いて、
  人の生死に一番近くで携わった方のお話を聞きとることにより、
  災害の悲惨さの実態を知り、
  かつ復興に当たる経済人としての行動など、
  市原市が被災した場合の早急な復興への参考とするため。

4.名取市 ゆりあげ地区
  津波被害の実際と地域の復興手法を調査することにより、
  市原市が被災した場合の参考に資するため。
  また、災害当初に市原市からも職員を5名、
  延べ6カ月間にわたって派遣したこともあり、
  その後の行政支援や、
  現在不足している支援などを調査することを目的とした。

新しい路線バスが走ります

バス停久保高滝湖の近くのバス停です。
なんと、
人口が減り続けている南市原エリアですが
新しいバス路線ができたのであります。

子供たちの通学が主な目的ですが
観光振興を図っている地域だけに
圏央道開通(4月27日)をにらんで
観光客の利用も望みたいところです。

あと、増え続ける高齢者の方にもぜひ使っていただきたいものであります。

少しずつですが
南市原が変わってきています。

菜の花 今年も満開です

菜の花石神2013南市原は今年も菜の花満開です。
写真は石神の菜の花畑。
もともと荒れた田んぼだったものを
地域の皆さんが菜の花畑に生まれ変わらせました。

菜の花もこれだけたくさん咲くと
甘い香りが辺りに広がります。

NHKのBSらしいですが
宮部みゆきさんの「小暮写真館」がドラマになったそうで
撮影に来てました。

宮部さんの本の表紙は
小湊鉄道の飯給駅の菜の花でしたが
ドラマの撮影はすこし養老渓谷に近づいた石神の菜の花畑。

菜の花の中を小湊鉄道のディーゼル1両編成が通る場面を
30人くらいのスタッフで撮影しています。

もうすぐ田んぼに水を張る時期になります。
菜の花と水を張った田んぼの風情がなかなかのものであります。

今年は地元の方達の尽力で
近くに駐車場も整備されました。
ゆっくりと菜の花見物ができますよ。
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