2009年12月

2009年12月28日 今年もお世話になりました

今年もあっという間に過ぎてしまいました。
一年が経つのが年々早くなっている気がします。

机の周りを整理しながら
「あんなこともあった」
「こんなことも・・・」
とついつい手が止まってしまい
なかなか整理が進みません。(例年のことですが)

このブログを書きながら
ファイルを見返して、また手が止まるという悪循環。

忙しくも思い出深い2009年が過ぎようとしています。

チェックをして頂いた皆様に本年の感謝を申し上げます。


2010年も
皆様にとりまして素晴らしい1年であることをお祈りいたします。




honkab at 14:41|PermalinkComments(1)TrackBack(0)6.トモゾウ日記 

2009年12月21日 東名高速

東名富士寒気の影響か
富士山が綺麗に見えました。

アクアラインから東名高速を走り
豊川までのドライブです。

片道400?くらいなので
休み休み行けば楽勝と思っていましたが
愛知県は結構 遠かったのでありました。
距離的にはやっぱり新幹線の距離と認識。
しかし 豊川の料金所を通った時の料金が1350円。
これは魅力的です。

豊川インターから目的地の豊橋へは順調。
目的もすんなりと決まり、
ゆったりとした一泊の出張でした。

みそカツ稲荷帰りには
豊川稲荷にもお参りをし、
帰りの道のりの安全と
来年のことまで祈願してきました。

門前で食事となりましたが
なんと「味噌カツイナリ」などというものがありました。
いなり寿司の上に味噌カツが鎮座していて
これも地方文化と思い食してみました。

地方の食文化と思ってお店の方に聞いたら
おかみの挑戦メニューということだそうでした。
おいしいとは思いましたが・・・




honkab at 21:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)6.トモゾウ日記 

2009年12月16日 圏央道見学

笠森トンネル圏央道の市原工区では
建設工事が進捗中です。

そんな工事現場を見学してきました。
写真はトンネル工事の先端部分です。

建設技術者のはしくれではありますが
トンネルの掘削は経験がありませんし、
しばらく大きな現場を離れていましたので何となくワクワクします。

圏央道も木更津東―茂原間の開通が
2年ほど延期されると伝えられています。
土地の収容が遅れていることが要因だそうですが
地権者の方の土地に対する思い入れも理解できますし、
交渉に当たる国土交通省の方のご苦労もしのばれるので
どちらがどうという風にはいえませんが
早期の開通を望むばかりです。

用地の解決で難解なのが共有地の解決です。
何代も前の名義のままで
権利者が確定できないようなところが残っているらしく、
これは土地収用法に頼るしかないのでしょう。

土地収用法とか強制収用と言うと
何やら大変な響きがありますが
法律によってしか解決しない土地もあるというところでしょうか。



honkab at 19:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)議員のお仕事 

2009年12月15日 房総から越後妻有へ(つづきぁ

妻有アート大地の芸術祭が
南市原エリアでできたら
スッゴイ事になってしまう。

実はプロデューサーの北川氏は
南市原の現地を見ているのであります。
市原市長とも会っているのであります。
「面白いことができそうだ」などと言われているのであります。

今回の視察のレポートを提出したのでありますが
その1節を…(長文注意)


越後妻有―アートトリエンナーレ―大地の芸術祭 視察雑感

2004年10月の新潟中越大震災、続く2005年7月の豪雨。
自然災害だけでなく、豪雪地帯の山間地として、
高齢化や過疎化は データを見なくても想像できる地域と思います。

日本の原風景ともいえる、田んぼと里山の風景の中で開催されてきた
「大地の芸術祭」ですが 
4回目を数え、観光入込数も30万人を超える現在、
村興し、地域活性化の成功事例としての手法に感銘を受けました。

開催地が都市の中ではなく、日本の原風景の中であること、
地域の方のホスピタリティーがこのイベントの成功要因と思われます。

成功した現在では 
地元の各集落・地域でのアーティスト、サポーター、ボランティアの
作品制作への協働と交流、
また来訪者へのもてなしなども含め、
故郷への思いと誇りにあふれた事業として
南市原のまちづくりに、大いに参考とすべきと思えました。

資料によれば総務大臣賞やJTB交流文化賞なども受賞されており、
評価の高さがうかがえますが 
何より、国内外の芸術家が 山間の過疎地で
「アート」という何か良く解らないものを作り、展示し、
多くの観光客、大使館関係者をはじめとする国内外の来訪者が 
田舎を訪れる「驚き」に、地元の方たちは 
たぶん、最初「戸惑い」、
協働して作ったアートに「誇り」を持ち、
これまで何の価値も見いだせなかった故郷に「愛情」を
再認識したことは想像に難くないと思えます。

考えるに田舎の大人たちは
「こんな田舎で朽ちるより、勉強して都会で成功しろ」と
子供たちを育てたであろうし、
そう言われ続けた子供たちは 
故郷を出ていくことが正しい道と信じていたと思います。
だから過疎化が進み高齢化に拍車をかけてきたはずです。

しかし、故郷に誇りと愛情を持ったこれからの大人たちは 
少し違った子供の育て方をするのではないかと
期待するところでありますが・・・

スーパーもショッピングセンターもない、
働く場所も少ないと伺われ、
交流人口が定住人口に移行することへの期待については 
県都 新潟市内までの距離と交通手段を考えれば疑問符がつくと思えます。

周囲への波及効果として多くを見たわけではありませんが

・松ノ山温泉の若手旅館経営者が合同の観光企画会社を立ち上げ、
 観光客へのサービスを始めたこと。
・地元の人材を観光ガイドとして登録し、
 紹介冊子まで作り来訪者に紹介していること。

上記2点は地域の活性化策として、
また、これからの地域を担う人材づくりの意味でも
参考になる事例でした。

南市原に「大地の芸術祭」を当てはめた場合、
拠点として「水と彫刻の丘」の存在が
高滝ダム湖と相まって効果を発揮すると思われ、
小湊線の存在と、沿線に広がる里山の風情が
相乗効果を生むと考えられます。

地元サポーターについても
ギャラリーマップ事業に参加している方達や
里山を整備するグループ、
さらには小湊沿線に菜の花を咲かせるために
協働して頂いている方たちがおられるので、
核となる人材はすでに確保されていると考えてもよいと思います。

首都圏に近い位置関係から考えて、
イベントによる集客も妻有を超えることは想像に難くなく、
イベントとしての成功と波及効果も大いに期待できると思われます。

更には東京に近いということで
アーティストや来訪者の移住にも期待が持てますし、
地域住民にとっても故郷への愛情と誇りを取り戻すことにより、
首都圏にありながら過疎に悩むという悪循環に
多少なりとも歯止めがかかる期待をもてるのではないでしょうか。


honkab at 12:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)議員のお仕事 

2009年12月14日 房総から越後妻有へ(つづき)

妻有アート大地の芸術祭をプロデュースした
北川フラム氏の文章を引用します。




・時代、世代、ジャンルを超えた出会い、故郷づくり

「大地の芸術祭」で地域に流動化をもたらしたのは 
首都圏の学生を中心とした「こへび隊」の登場だった。

2000年の春、残雪の中を戸別訪問して芸術祭を説明して回り、
怒られ、水をかけられ、泣きながら宿舎に戻った数10人の彼らの遺伝子は
いまだに「こへび隊」に残っているといってよい。

若者の素直さは地域のお年寄りに新鮮な風となって映ったとしか言いようがない。
「過疎の中山間地で、農業をやってきたお年寄り」に対して、
「都市で、何をやっているのか分からない学生」という、
地域、ジャンル、世代の違う人間の出会いは 
衝突、困惑から学習、理解、協働へと進化する。

地域は美術という赤ん坊のような媒介物とともに
若者によって開かれていった。

地震と2度にわたる豪雪によって、
応援団の中心は大人たちに移って行ったが 
ここで刮目すべきは大人たちの極めて真摯な熱意だった。
彼らは新しい故郷を探し出そうとしているようだった。

学生にとって、都会での彼らの存在は 記号的で置き換えられる存在だ。
それは 社会的地位を持った大人にとってもほぼ同様だ。
グローバリゼーションと効率化は
人間を社会になかの機能的成員に貶めてしまっている。

それに対して田舎では具体的な意味を持った人として迎えられるし、
何よりも人が足りないのだ。
国は破れ、緑なす山河も消えつつある。
思いが帰って行く故郷が無いのだ。
 
大地の芸術祭での旅行者についても同じことが言える。
彼らはアートを道標としつつも、
足に伝わる土の弾力、草いきれ、風のやわらかな匂い、
里山の光景を全身で受け止めていく。
その爽やかさを体験し、お年寄りの元気さに喜ぶ。
それは従来の観光とは違っているようだった。

人々は故郷を探している。


honkab at 12:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)議員のお仕事 

2009年12月13日 房総から越後妻有へ(つづき◆

妻有アート棚田とその下を流れる清流。
そんななかに「アート」が置かれています。
その数 300超。

アートと言われても私には???ですが
現実には今年の開催期間50日間で40万人近い観光客が訪れたとのこと。

お土産を売っている売店の売り上げが200万円。
(たぶん最高値でしょうが)

越後湯沢からローカル線に乗り換えて、そこからバスでも20分かかる
とどのつまりの過疎地での出来事です。

世界の若手芸術家と住民(高齢者が多い)が作り上げた芸術祭。

最初は反対されたそうです。

議会では猛反対。
「そんなもんで地域活性化はしない」
「金もないのに無駄な予算を使うな」
(財政力指数0.5を割る市ではそうでしょう)

地域も猛反対。
「おらの田んぼは絶対、貸さねェ」
「よそ者が村に入ってくんのは我慢できねぇ」
(気持ちはわかります)

それでも説得に説得を重ね
説明に説明を尽くして
少しずつ仲間を増やし、
いつの間にかみんなで作り上げた芸術祭に進化していった様子を
聞いて、見てきました。

「感動に近い驚き」です。




honkab at 12:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)議員のお仕事 

2009年12月12日 房総から越後妻有へ(つづき)

大地の芸術祭とは・・・

アートによる地域活性化。 ≪詳しくはこちらで≫

世界の芸術家と地域の人たちで作り上げる
芸術祭なのであります。

過疎と高齢化が進む越後妻有の
日本の原風景と言える田んぼと里山の風景の中で
2000年から始まりました。

妻有(つまりと読む)は高齢化率 32%(住民の中に占める65歳以上の年齢者の率)
10人に3人は高齢者ということになります。
これを「限界集落」などというマスコミもあるくらい。

「つまり」とは一節にはとどのつまり、
越後の中でもどん詰まりの地区ということらしい。
雪国の越後だがここはその中でも豪雪地帯と言われるらしく、
10mを超える雪も珍しくないらしい。

だから過疎化が進む。
小学校も廃校がいっぱい。
だから余計に若いものが故郷から出て行ってしまう。

そんな地域だそうである。

説によると
時は戦国時代。
織田信長に迫害を受けた一向宗徒が
山の奥へ奥へと追いやられ
今の村の前身ができたとか・・・

そう言われれば
山の斜面に苦労して作ったと思われる段々の棚田ばかりであります。







honkab at 12:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)議員のお仕事 

2009年12月11日 房総から越後妻有へ

議員のお仕事ですから、しっかりと行政のお話も聞いてきました。

「大地の芸術祭」で地域がどう変わったのか。
2,000年の開催着手の時代と
4回目を迎えた2009年の今年。

観光入込数はどうなのか?
その変遷は?

お金をどうしたのか?
どのような運営なのか?

聞くことはいっぱいあります。

それに対して
十日町市役所の担当者は よどみなく、それも楽しげに説明してくれます。

なんといっても成功した取り組みですから・・・

自慢してください。大したものです。




honkab at 19:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)議員のお仕事 

2009年12月10日 房総から越後へ

越後ローカル線越後湯沢でローカル線に乗り換えます。
当然のように「愛」のシンボルマークです。
大河ドラマの影響はすごいと改めて感じました。

ワンマンのローカル線は1時間にほぼ一本。
米どころだけあって田園風景の中を
山へ山へと進みます。
途中には何とトンネルの中に駅があったりして
びっくりさせられました。

30〜40分のローカル線の旅で十日町へと着。
もうすぐ みぞれになるような、シトつく雨の中、
迎えのバスに乗り、駅前商店街へ。

ひろい、ひろ〜い商店街。
五井と姉崎を足したくらいでしょうか。(市原人しか分からない)
でも、あっちもこっちもシャッターが降りたまんま。
昔は栄えただろう商店街も空洞化が進んでいます。

なにはともあれ「へギそば」食わなくちゃでございます。

コシがあって咽喉ごしもよい。
「こいつはやっぱり名物だ」と納得。

越後 妻有のへギそばよりも
   わたしゃ あんたの そばがいい。


・・・まだ本題に入っていない。




honkab at 22:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)議員のお仕事 

2009年12月08日 房総から新潟へ

上越新幹線忙しかったの言い訳
新潟まで行ってきたのでありました。
新幹線に乗りヒュ〜と新潟までは結構近いのですが
紅葉はやや終わりかけ、
山の上にはうっすらと雪が…
(なぜか良い時期に良い場所に行けない運命を感じる)

しかし 見てきたものは素晴らしかった。
これは市原、特に里山が残る「南部エリア」でやらなくちゃいけないと
つくづく思ったのであります。

見てきたものは「大地の芸術祭」という取り組み。

これが市原でできたら地域が変わるはず。
と つくづく思ってしまったのであります。

≪大地の芸術祭の詳細はこちら≫


つづきは後ほど


honkab at 07:28|PermalinkComments(1)TrackBack(0)議員のお仕事 
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