tenshi_akuma_manアート春イベント
ぐるっと一回りしてきました。
ワークショップあり、作品展示あり、
天気も良かったので、多くの来訪者が歩いておりました。
いつもは1両の小湊鉄道も3両編成で頑張っておりました。
それもそこそこの人数が乗車された感じを目撃しました。

春の新緑の中、皆さんも生き生きした感じで
よかったよかったというう感じですが・・・
アート×ミックスがどこに向かっているのかが
いまいち解らないところなんです。

今回の春イベントも、そこそこ芸術イベントとしては
そつなく実施されていました。

この「そつなく」というところが違う気がしてくるんです。

順を追って考えれば
作家さんが決まった。こんな作品を作ります。となって
時間をかけて、大きなものを作ろうとすれば
誰か手伝ってくれませんかになりますが
そこそこの作品を、時間もかけずに作って展示となれば
手伝いもいりません。
極端に言えば
どこかで展示してあった評判のよい作品を持ってきて会場におけば
芸術祭の体裁は取れます。

でも、それでは「里山を舞台にした芸術祭」
「地域とともに作り上げる芸術祭」になるでしょうか?

そもそも なんで芸術祭をやろうとしたのか
新潟の大地の芸術祭で
地域の方たちがともに作品作りにかかわる中で
・・・かかわるといっても、「芸術はわかんねぇが 足場を組んでやった」だの
  「おにぎりを食わせてやった」だの
  「うちに泊めてやっただよ」
  作品に使うからというから、端切れを持って行ってやったとか
みたいなかかわり。

見に行ったら そうした人たちが受付から会場案内までこなし
「俺らの作品を見ていってくれ」
という地元感にあふれていたのに感動したからなんです。

おかげさまで、
菜の花プレーヤーズという支援ボランティア団体の方たちもいるので
そこそこの作品をそつなく展示して、受付などもそつなく実施できますから
何となく安全側に流れているような気がします。

地元のジィちゃん、ばぁちゃんを巻き込むより安易に進むのはいいんですが
そこで楽をしてしまうと
地域とともに作る芸術祭とかけ離れてしまう気がしてきます。

原点に返って、もう一度考えてみたいと思うのであります。