市原市議会議員 大曽根友三〜トモゾウ〜のBlog

トモゾウの日々感じたこと思うこと。 たまには市原市の行政ニュースや議会の動き。 本音が書けたら…

議員のお仕事

市役所 防災庁舎計画

jpg庁舎














【施設概要】
1.施設規模:地上4階建て、床面積8,516平方メートル
2.構造:鉄骨造(免震構造を採用)
3.外観デザイン:現庁舎のデザインを受け継ぎ、シンプルで重厚感のある外観としました。
4.配置計画:来客駐車場やバス停に隣接し、
 庁舎まで段差なく行き来のできる市民広場に建設します。


新庁舎の建設というと
何かと批判の対象になりやすい問題です。

3.11の東日本大震災を経験して
現在の庁舎では震度5強の揺れに持たない
という専門家の答申が出ていますので
ここで働く職員や来庁される市民の安全と
災害時の対策本部機能を維持するためという目的で
計画されたものです。

実際、現庁舎の強度解析の結果も見せていただきましたが
かなり危ないと感じました。
コンクリートの強度なんかは 
聞いた時に「ウソでしょう」と声を上げてしまったほど低いものでした。

専門家の強度解析を見れば
何もしないで
災害が起きた時に、倒壊→人命の被災→未必の故意
になってしまいます。

これまで、議会側への情報提供と、
市民への情報公開を随時行っていただきながら
計画を練り上げてきたところで、
現在、行政では、設計施工の一体発注に向けて準備しているところです。


そんな時期でありますが少しツブヤイテみようかなと・・・




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議員研修会

京葉5市(市原、千葉、習志野、船橋、八千代)の
議員会合同による研修会が2月3日に行われました。

この研修会は年1回行われているもので
毎年この時期に開催されております。

5市連携ですとスケールメリットがありますので
参加者も多く、講師もそれなりの方をお呼びすることができます。
京葉5市今回はTBS報道キャスターの杉尾氏。
豊富な情報と巧みな話術で90分間があっというまでありました。

都知事選の行方や国政の裏話など
絶対ブログ等で書かないでくださいという前置きがありました。
ですので中身は残念ながら

会に先立って
各市の議長、副議長は別室の控室。
少しの時間でしたが情報交換もできました。

市原だけでなく
議員定数に向けて議論を始めるところもある様で、
それぞれの動向が気になる感じ。

こうした機会を頂けるのもありがたいことであります。

東京での勉強会

国会議事堂先月の事になってしまいましたが1月30日に
市原市議会の議員有志で
東京での勉強会をしてきました。

テーマは
・公共インフラの再整備
・農地法の改正に伴う農地制度の変更点
・コンビナートの競争力強化
の3点でした。

どこの自治体もそうですが 
公共インフラは
昭和40年代から50年代にかけて整備されてきたものが
ちょうど改修や建て替え時期を迎えています。

建築基準法の改正などで耐震性が足りないものや
そもそも老朽化で大改修をしなければならないもの、
或いは 時代の変遷によって役目を終わったものや
使用目的を変えなければならないもの、
少子高齢化などの人口構成に変化によっても
「ハコモノ」の存在意義が変わってきています。

全国的な視点で言えば
平成の自治体合併によって、
複数の自治体が合併した事で、
同じ目的の建物が複数存在してしまう事もあります。
例えば
どこの市町村でも中図書館があったものですから
合併で立派な図書館が複数あるとか
市民会館が複数になっているなんて事もあるわけです。

これからの維持管理のことを考えれば
いつかは統廃合をしなければいけないんじゃないかという事になります。

市原市は誕生して50年ですから
広い市域にいろんな建築物があります。
こうした箱ものの維持管理費用は大雑把な試算でも
延、1千億を超えるなんて話もあるほどです。

統廃合や、建直し、大改修などを
計画的に取り組んでいかなければならない大きなテーマです。

道路や橋梁、トンネル、上下水道も含めた公共インフラの再整備は
これからの行政が抱える大きなテーマになってくるはずです。

農地法も大きな転換点を迎えています。
市原にとって、コンビナートの競争力強化は
死活問題といっていいと思います。

中身はまたの機会にしますが
こうした機会を定期的に持っていきたいと思う今日この頃であります。

最近思う事

先日、
来る市議会選挙に立候補したいという
青年が訪ねて来てくれました。

選挙は来年の6月ですから
まだ1年半ある訳で、
「息切れしないように」と、ついつい余計なことまで話してしまったのですが
議員の仕事って何だろうと改めて考える機会にもなりました。

千葉市の議長さんと市原市の議長の協議で
都市計画道路である
平成通りの開通に向けた話し合いが進むことになりました。
千葉、市原双方の議会側が行政に働きかけるという事です。

3月に始まる「中房総国際芸術祭」市原アート×ミックスも
初回は別として、3年後の開催で、近隣の市町が参加するような
盛況が欲しいと思っていますが
これも、議会側からの働きかけが有効になってくるはずです。

圏央道の開通も
沿線自治体が連携しながら
活性化を図る取り組みが必要だろうし、それが効果的なはずです。

自分の市の事に真剣に取り組むことは当然ですが
近隣市町との連携も視野に入れるようなことも
議員の仕事の一つかもしれません。

以下は雑文ですので読み飛ばしてください。



駅や辻にノボリを持って立っているだけで
選挙に勝ちあがってしまうような風潮も見られます。
(それだけで勝てるほど甘くはないでしょうが・・・)

選挙で選ばれれば立派な議員です。

議員の本質が「選挙に勝つこと」ならば
有権者に受けるパフォーマンスに徹することが議員のお仕事かもしれません。

極端に言えば
議会の実務など何もしないで、有権者のお宅を訪問している方が
選挙での得票は絶対に増えます。

会ったことも話をしたことも無い人より、顔馴染みの方を選択するのは人情です。

もう10年以上前になるでしょうか。
私も議員ではないときに、あるご婦人に言われました。

私「何であんな変な奴が議員なの?」
ご婦人「○○さんは先生って言わないといけない存在。」
    「でも、□□はちゃん付けで呼べる人」
    「先生を選ぶかチャンづけで選ぶかは有権者の好みでしょ」
何となくそれも真理だと気づかされたところでありました。

お祭りへの関わり方もそれぞれです。
地域の活性化のためのお祭りを企画し、予算を付けて、継続できるように支援する。
お祭りが始まれば「主役は市民」に徹する人もいれば
裏方の仕事は一切やらないで
「私がやりました」と言いながら有権者の方と一緒に焼きそばを焼く。

どちらが受けるかといえば
裏方で努力した人より 焼きそばを焼いた方かもしれません。
だって、裏方の仕事はほとんどの人は知りませんから。

でも、議員の仕事のほとんどは裏方の仕事ではないのだろうか。 

中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス

5月29日に東京のJPセンターで行われた記者発表は
なかなかの盛況でありました。

記者発表の様子を実感したくて、
新設されたバスターミナルから
高速バスに乗って東京に行ってみました。
田尾高速バスかなり便利で楽であります。
バスに乗り込むと乗客は私を含めて4名。
「これじゃ赤字だろう」と余計な心配まで・・・

なんてことを思っていたら
途中に寄る金田バスターミナルで20名以上の乗客が乗り込んできて
「昼間の運行でこれだけ乗れば黒字だな」と感心。


東京駅には約1時間で到着。
八重洲口と丸の内では反対側ですので
東京駅を横断する方が大変なくらいであります。

JPセンター記者発表の開場は180席を用意したらしいですが
ほぼ満席。
あとから聞いたところですと
マスコミが40社を超え、
現在、取材の申し込みがたくさん来ているそうであります。


昨日は母校の学生さんに記者発表の様子も踏まえて
アート×ミックスの概要を話してきました。
授業の一環で
問題解決技法の習得をするらしんですが
過疎、高齢化が進む地域を再生する手法として期待する
国際芸術祭をテーマに取り上げた学生さんを褒めてやりたいですが
中身が大きすぎて簡単にかかわろうとするにはきついテーマでもあります。
いかがなります事やら。

夜には行政や商工会議所、地元の有志が集まっての会食。
アート×ミックスを成功させるためのおせっかいを焼こうという集まりです。

6月4日だけに 余計なおせっかいとして「ムシ」しても良いよと言っておきましたが
参加者の一人が
「無私の意見だから」という一言。
中々旨い事を言っておりました。




小中一貫教育校は順調のようで

加茂学園体育祭先週の土曜日(6/1)ですが
市原市で初めて誕生した
小中一貫教育校(加茂学園)の
体育祭に行ってきました。

写真は 
1年生と9年生(中3)が一緒に行う競技の様子です。
なかなか微笑ましい感じでした。

開会式でも
小さな1年生と身体がずいぶん大きくなった9年生までが整列して
「新しい教育が始まっているんだな」と感じさせてくれます。

開会式が終わり
児童、生徒が応援席に走って行くんですが
一人の低学年の子の靴が脱げてしまって
その子だけ集団から遅れてしまいました。
すかさず上級生の女子が2名駆け寄って
遅れた子の手を取って走りだしました。

何気なく見られたこんな光景が
年上の生徒が小さな子の面倒を見る、
年少者はそれを見習いながら成長する。という感じの
核家族化が進んだ現在では、なかなか体験できない
小中一貫教育校ならではの人間教育に繋がるんだと思わせてくれました。

競技準備でグランドを走り回る上級生の男子が
リリシイ顔つきになったと感じたり、
競技の合間に低学年の面倒を見る女子の顔つきが優しくなったと感じるのは
私の一方的な思い込みだけではないような気がします。

この子たちの成長に期待します。

小中一貫教育校

加茂学園開校式市原市の加茂地区に新しい学校ができました。
少子化が進み、子供たちが減っているなか
地域の4小学校を統合して
中学校と併設しました。

市原では初めて、千葉県内でも2番目という
小中一貫教育校の誕生です。

開校式が4月8日。
入学式が4月11日。
小中合わせても全校生徒262人の小さな学校です。

新1年生が21人。
9学年の平均でも1クラス30人弱。

世界で教育水準が高いと言われるフィンランドでは
1クラス20人の小規模編成です。

と、言う事は
世界の理想に近いという事になります。

もともとこの地域では教育熱心という伝統があります。
サイエンスパフォーマーとなっている
でんじろうさんもこの地域で高校生まで過ごしていますし
国公立大学に進んでいる方も比率で考えるとかなり高いと思われます。
(調べたわけではありませんが)

この新しい一貫教育校が
子供たちの知力、体力、徳育を伸ばし、
理想の学園になることを祈るばかりです。

仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 5

4.名取市 
 
閖上(ゆりあげ)地区の復興を中心にお話を聞くことができた。

↓ 名取市役所
名取市役所
行政の震災復興の対応として、震災復興部を新設。
部の組織として生活再建支援課を設置。
その下に
・仮設住宅管理班・生活支援給付班・生活再建支援班。

更に復興まちづくり課として
・区画整理班・移転整備班・復興住宅班を置いた。
 
議会の対応として、常任委員会を4から2に再編。
21人の全議員が参加する災害復興特別委員会を新たに設置。
災害復興に向けて迅速な協議を図っているそうである。
お邪魔した時にはたまたま特別委員会が開かれており、
傍聴を希望したが断られてしまった。
 
震災復興部にお邪魔した時に傍聴を断られた理由が解った。

閖上地区では区画整理によるまちの再建を予定し、
住宅が込み入っていない被災地については高台移転を基本方針としている。

計画策定段階から市民の意見を聞きながら進めてきたが、
最近、具体案を発表したところ異論が続出。
計画自体が空中分解する恐れさえあるそうだ。
その状況では他市からの議員の傍聴は断られてもいたしかたない。
 
5千人が暮らしていた閖上地区では亡くなった方も多く、
相続の問題が浮上。
地震により土地が動いており、境界が定まらない。
などの個別の意見が寄せられている段階だそうである。
 
区画整理による再開発を行えば、
相続などの手続きも行政が手伝う事が出来るし、
境界確定も登記の面積で進めながら、
再建した後に新たに確定できるので、
住民にとっても有効な手法としているが、
個別の事情によりなかなか進展しないそうである。

また、名取市では組合施工の区画整理はあったものの、
行政による直接区画整理事業の経験が無いそうで、
そうした不慣れな点も
問題解決に時間を要する一因かもしれない。
とは担当者のお話でした。
 
総務課長からは
市原市からの職員派遣に対しての感謝の言葉と
その後のメンタルケアまで心配される気配りを頂き、
現在も県から16人、名取市の臨時雇用17人という実情を伺った。
また市民の意識として
「災害の記憶が風化してきたように感じる」という事も伺い、
災害復興に向かう行政運営の難しさを垣間見た感じである。


東日本大震災の早期の復興を祈ると共に、
市原市も震災被害を教訓として、
防災、減災に平時から取り組む必要を強く感じた。

ゆりあげ慰霊塔
↑ ゆりあげ地区の慰霊塔の高台から。

5千人が暮らした街も一瞬で消えてしまった。

仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 4

3.仙台市 葬祭業 菅原氏
 
死亡・行方不明者が2万人を超えた東日本大震災に於いて、
宮城県では約1万人に近い方の死亡が確認された。

宮城県で13か所の葬祭場を展開する菅原氏の会社でも
2か所の葬祭場が津波の被害を受け、
建て直しや他の施設のメンテナンスも含めて
再建に2億円ほどの費用がかかったそうである。
 
県内の葬祭業で協働しながら対処に当たったそうであるが
「まず棺が足りない。
全国からつてを頼って1千個を調達したが到底足りるものではなかった」
というリアルなお話から始まった。
 
ガソリンもなく、移送もままならないうえに
遺体の保存、搬送、埋葬は法律で決められた手続きもあり、
厚生労働省の特例通達や宮城県の通知、県警の通知、仙台市の通知など、
法律を踏まえることから業務が始まったという事である。

当然であるが社員のなかにも被災者がいる中での業務活動となった。

↓ 菅原氏の会社外観 
仙台清月記

仮埋葬、
3ヶ月後くらいからの掘り起こしての火葬という作業は
メンタル部分は当然として、
匂い、手触りなど想像を超えたつらさがあり
「社員の皆さんや業界関係者のご苦労は頭が下がる」と言われていた。
確かにマスコミ報道ではそうした部分は報道されないことである。
 
火葬場も処理能力を超えていて、
東京にまで手配して体制を整えたが、
荼毘にふすまでに約10日ほどかかり、
その間遺族の方との接触は
最前線である葬祭業者に大きく委ねられていたそうである。
 
そんな中でも他県から多くの葬祭業者が入り込み、
棺の争奪や火葬場の順番待ち、遺族への対応ミスなど、
葬祭業の印象を悪くするような事例が多くあり
心を痛めた様子であった。

詳細な活動記録を冊子として製作しており、
「震災の経験を風化させない」という菅原氏の言葉には
被災者と向き合ってきた自負がうかがえた。
 
菅原氏は仙台においても若手経営者として活躍されており、
経済復興とその後の仙台の活性化についても
積極的に行動されているようである。

「今はミニバブル。市内のマンションは周辺の子育てが終わった、
それなりの所得がある世帯の入居で満杯。
人口構成も少し変わるかもしれない」として、
「高齢者が歩いて生活ができるスモールシティとなった。
これを生かすまちづくりに向けて行政も動き出さなければならない」と
復興から未来を見据えていた。

これからさらに仙台市街への一極集中が加速し、
東京まで2時間という新幹線効果で仙台は発展するだろうし、
させなければならないと決意のほどを述べていた。
「生き残った者の務めです」という
別れ際の言葉に氏の活躍を祈るばかりである。

仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 3

2.東松島市

災害により不通になっている仙石線のうち
「りくせんとみやま駅」を視察した。
駅前といっても無人駅の小さなものだが 
目の前が海岸線で海岸の復旧工事が行われていた。

海岸線の復旧後、線路の復旧という流れで、
現在は線路は外され、復旧にはあと2年ほどかかるそうである。
仙石線 

駅前にある商店主の方にお話を聞くことができた。
「40軒ほどの集落のうち5軒が転出した。
津波は高さ1.4mで家が流されるような被害はなかったものの、
列車が無くなったことが転出の大きな理由」と感じているそうだ。

仙台市街まで約1時間に位置する当地では
漁師も高齢化で減少しており、
「倅夫婦がサラリーマンなら災害がきっかけで出て行ったしまうだろう」と
ふるさとの衰退がさみしそうであった。

小湊鉄道が被災した場合を想像すると 
鉄橋などの設備の老朽化もあるため、
復旧には仙石線以上の時間を要するであろうし、
牛久以南は「廃線」という選択肢が高い可能性で考えられる。

現実に仙石線は一部廃線が確定しており、
乗降人数が少ない地域では致し方ない選択かもしれない。
しかし、沿線に住む住民、
特に公共交通機関に頼る高齢者や
通学に利用する児童・生徒にとっては大きな問題である。

いちはらアート×ミックスのような観光振興事業で
今から利用者増を図っておかなければ「廃線」の危機は常についてまわるだろう。
 
とみやま駅にほど近い災害復旧工事の現場を見ることができた。
仙石線脇の堤防のかさ上げ工事に着手したところだそうである。
海からすぐに斜面になっているため、
資材の搬入はすべて海からの輸送という制約があり、
難工事の様子であった。

現場担当者の方が図面等で説明していただいたが
資材不足のため工程管理が難しいとのことである。
特に生コンクリートの出荷が制限されており、
単価も上昇して予算が組めないとのこと。
 
資材価格の上昇には単品スライドなどの手法もあるので伺うと、
震災とはいえ東北地域限定の物価上昇なので
行政側の明確な答えがもらえないとのこと。

更に、技術者不足でそうした書類作成にまで手が回らない現状で
「予算より工事管理で精いっぱい」とのことであった。
「東北の事だけで建設業法まで変えろとはいえないでしょう」と
建設技術者としての正論と、
「特例を認めてほしい」という本音の両方の言葉を頂いた。

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