政治

2014年02月13日 実は

2月4日〜6日の3日間で鯖江、加賀、金沢と
雪国の地へ視察に行っておりました。

新設された市原鶴舞バスターミナルから高速バスに乗りまして、
羽田空港まで。
7:25分のバスに乗ると8時過ぎには羽田です。
なんと近くなったことでしょう。

昼食は現地で食べてるわけですから
石川県も近い近い。

「昨日までは暖かかったんですけど」と
行く先々で言われましたが
確かに到着したときには雪の景色はなかったんです。

お昼ご飯を食べたときに降り出した雪があっというまに積もり始めて、
電車移動中には一面の雪景色。
雪国の雪はすごいと思っておりました。

駅のホームで久しぶりに耳が痛くなるような寒さも感じながら
たまには雪もいいもんだなどと思っておりました。

・・・帰ってきたら千葉も雪ですし、耳が痛くなるような寒さも感じてるわけですから
なんだったんだという感じです。
・・・ひょっとして雪を連れて帰ってきた?

鯖江と加賀では
市民が主役条例というものをじっくりと説明していただきました。
市長さん同士が親しいそうで、同じ狙いの条例も
歩調を合わせるように作られたそうですが
ところ変わればで、いささか中身も違っておりました。

金沢市では予算決算の審議の手法について説明を頂きました。。

決算と予算の審議のやり方が我が市とは違うアプローチ。
昔からそうしていますとのことですが
効率を考えて工夫された積み重ねを感じました。

市原市では12名の特別委員会を組織して、
大体5日間ほどかけて審議されますが
金沢では全員参加で分割しながら3日ほどの審議。
行政コストを考えれば短い時間で深い議論が望ましいのは理にかなっております。

雪の中での強行スケジュールでしたが参考になることも多々。

雪の兼六園もいいななどと考えておりましたが
結局、寄れずじまい。
古都金沢はやっぱりプライベートに限りますな。




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2014年02月07日 議員研修会

京葉5市(市原、千葉、習志野、船橋、八千代)の
議員会合同による研修会が2月3日に行われました。

この研修会は年1回行われているもので
毎年この時期に開催されております。

5市連携ですとスケールメリットがありますので
参加者も多く、講師もそれなりの方をお呼びすることができます。
京葉5市今回はTBS報道キャスターの杉尾氏。
豊富な情報と巧みな話術で90分間があっというまでありました。

都知事選の行方や国政の裏話など
絶対ブログ等で書かないでくださいという前置きがありました。
ですので中身は残念ながら

会に先立って
各市の議長、副議長は別室の控室。
少しの時間でしたが情報交換もできました。

市原だけでなく
議員定数に向けて議論を始めるところもある様で、
それぞれの動向が気になる感じ。

こうした機会を頂けるのもありがたいことであります。


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2014年02月07日 東京での勉強会

国会議事堂先月の事になってしまいましたが1月30日に
市原市議会の議員有志で
東京での勉強会をしてきました。

テーマは
・公共インフラの再整備
・農地法の改正に伴う農地制度の変更点
・コンビナートの競争力強化
の3点でした。

どこの自治体もそうですが 
公共インフラは
昭和40年代から50年代にかけて整備されてきたものが
ちょうど改修や建て替え時期を迎えています。

建築基準法の改正などで耐震性が足りないものや
そもそも老朽化で大改修をしなければならないもの、
或いは 時代の変遷によって役目を終わったものや
使用目的を変えなければならないもの、
少子高齢化などの人口構成に変化によっても
「ハコモノ」の存在意義が変わってきています。

全国的な視点で言えば
平成の自治体合併によって、
複数の自治体が合併した事で、
同じ目的の建物が複数存在してしまう事もあります。
例えば
どこの市町村でも中図書館があったものですから
合併で立派な図書館が複数あるとか
市民会館が複数になっているなんて事もあるわけです。

これからの維持管理のことを考えれば
いつかは統廃合をしなければいけないんじゃないかという事になります。

市原市は誕生して50年ですから
広い市域にいろんな建築物があります。
こうした箱ものの維持管理費用は大雑把な試算でも
延、1千億を超えるなんて話もあるほどです。

統廃合や、建直し、大改修などを
計画的に取り組んでいかなければならない大きなテーマです。

道路や橋梁、トンネル、上下水道も含めた公共インフラの再整備は
これからの行政が抱える大きなテーマになってくるはずです。

農地法も大きな転換点を迎えています。
市原にとって、コンビナートの競争力強化は
死活問題といっていいと思います。

中身はまたの機会にしますが
こうした機会を定期的に持っていきたいと思う今日この頃であります。


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2013年04月09日 仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 5

4.名取市 
 
閖上(ゆりあげ)地区の復興を中心にお話を聞くことができた。

↓ 名取市役所
名取市役所
行政の震災復興の対応として、震災復興部を新設。
部の組織として生活再建支援課を設置。
その下に
・仮設住宅管理班・生活支援給付班・生活再建支援班。

更に復興まちづくり課として
・区画整理班・移転整備班・復興住宅班を置いた。
 
議会の対応として、常任委員会を4から2に再編。
21人の全議員が参加する災害復興特別委員会を新たに設置。
災害復興に向けて迅速な協議を図っているそうである。
お邪魔した時にはたまたま特別委員会が開かれており、
傍聴を希望したが断られてしまった。
 
震災復興部にお邪魔した時に傍聴を断られた理由が解った。

閖上地区では区画整理によるまちの再建を予定し、
住宅が込み入っていない被災地については高台移転を基本方針としている。

計画策定段階から市民の意見を聞きながら進めてきたが、
最近、具体案を発表したところ異論が続出。
計画自体が空中分解する恐れさえあるそうだ。
その状況では他市からの議員の傍聴は断られてもいたしかたない。
 
5千人が暮らしていた閖上地区では亡くなった方も多く、
相続の問題が浮上。
地震により土地が動いており、境界が定まらない。
などの個別の意見が寄せられている段階だそうである。
 
区画整理による再開発を行えば、
相続などの手続きも行政が手伝う事が出来るし、
境界確定も登記の面積で進めながら、
再建した後に新たに確定できるので、
住民にとっても有効な手法としているが、
個別の事情によりなかなか進展しないそうである。

また、名取市では組合施工の区画整理はあったものの、
行政による直接区画整理事業の経験が無いそうで、
そうした不慣れな点も
問題解決に時間を要する一因かもしれない。
とは担当者のお話でした。
 
総務課長からは
市原市からの職員派遣に対しての感謝の言葉と
その後のメンタルケアまで心配される気配りを頂き、
現在も県から16人、名取市の臨時雇用17人という実情を伺った。
また市民の意識として
「災害の記憶が風化してきたように感じる」という事も伺い、
災害復興に向かう行政運営の難しさを垣間見た感じである。


東日本大震災の早期の復興を祈ると共に、
市原市も震災被害を教訓として、
防災、減災に平時から取り組む必要を強く感じた。

ゆりあげ慰霊塔
↑ ゆりあげ地区の慰霊塔の高台から。

5千人が暮らした街も一瞬で消えてしまった。

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2013年04月08日 仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 4

3.仙台市 葬祭業 菅原氏
 
死亡・行方不明者が2万人を超えた東日本大震災に於いて、
宮城県では約1万人に近い方の死亡が確認された。

宮城県で13か所の葬祭場を展開する菅原氏の会社でも
2か所の葬祭場が津波の被害を受け、
建て直しや他の施設のメンテナンスも含めて
再建に2億円ほどの費用がかかったそうである。
 
県内の葬祭業で協働しながら対処に当たったそうであるが
「まず棺が足りない。
全国からつてを頼って1千個を調達したが到底足りるものではなかった」
というリアルなお話から始まった。
 
ガソリンもなく、移送もままならないうえに
遺体の保存、搬送、埋葬は法律で決められた手続きもあり、
厚生労働省の特例通達や宮城県の通知、県警の通知、仙台市の通知など、
法律を踏まえることから業務が始まったという事である。

当然であるが社員のなかにも被災者がいる中での業務活動となった。

↓ 菅原氏の会社外観 
仙台清月記

仮埋葬、
3ヶ月後くらいからの掘り起こしての火葬という作業は
メンタル部分は当然として、
匂い、手触りなど想像を超えたつらさがあり
「社員の皆さんや業界関係者のご苦労は頭が下がる」と言われていた。
確かにマスコミ報道ではそうした部分は報道されないことである。
 
火葬場も処理能力を超えていて、
東京にまで手配して体制を整えたが、
荼毘にふすまでに約10日ほどかかり、
その間遺族の方との接触は
最前線である葬祭業者に大きく委ねられていたそうである。
 
そんな中でも他県から多くの葬祭業者が入り込み、
棺の争奪や火葬場の順番待ち、遺族への対応ミスなど、
葬祭業の印象を悪くするような事例が多くあり
心を痛めた様子であった。

詳細な活動記録を冊子として製作しており、
「震災の経験を風化させない」という菅原氏の言葉には
被災者と向き合ってきた自負がうかがえた。
 
菅原氏は仙台においても若手経営者として活躍されており、
経済復興とその後の仙台の活性化についても
積極的に行動されているようである。

「今はミニバブル。市内のマンションは周辺の子育てが終わった、
それなりの所得がある世帯の入居で満杯。
人口構成も少し変わるかもしれない」として、
「高齢者が歩いて生活ができるスモールシティとなった。
これを生かすまちづくりに向けて行政も動き出さなければならない」と
復興から未来を見据えていた。

これからさらに仙台市街への一極集中が加速し、
東京まで2時間という新幹線効果で仙台は発展するだろうし、
させなければならないと決意のほどを述べていた。
「生き残った者の務めです」という
別れ際の言葉に氏の活躍を祈るばかりである。


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2013年04月07日 仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 3

2.東松島市

災害により不通になっている仙石線のうち
「りくせんとみやま駅」を視察した。
駅前といっても無人駅の小さなものだが 
目の前が海岸線で海岸の復旧工事が行われていた。

海岸線の復旧後、線路の復旧という流れで、
現在は線路は外され、復旧にはあと2年ほどかかるそうである。
仙石線 

駅前にある商店主の方にお話を聞くことができた。
「40軒ほどの集落のうち5軒が転出した。
津波は高さ1.4mで家が流されるような被害はなかったものの、
列車が無くなったことが転出の大きな理由」と感じているそうだ。

仙台市街まで約1時間に位置する当地では
漁師も高齢化で減少しており、
「倅夫婦がサラリーマンなら災害がきっかけで出て行ったしまうだろう」と
ふるさとの衰退がさみしそうであった。

小湊鉄道が被災した場合を想像すると 
鉄橋などの設備の老朽化もあるため、
復旧には仙石線以上の時間を要するであろうし、
牛久以南は「廃線」という選択肢が高い可能性で考えられる。

現実に仙石線は一部廃線が確定しており、
乗降人数が少ない地域では致し方ない選択かもしれない。
しかし、沿線に住む住民、
特に公共交通機関に頼る高齢者や
通学に利用する児童・生徒にとっては大きな問題である。

いちはらアート×ミックスのような観光振興事業で
今から利用者増を図っておかなければ「廃線」の危機は常についてまわるだろう。
 
とみやま駅にほど近い災害復旧工事の現場を見ることができた。
仙石線脇の堤防のかさ上げ工事に着手したところだそうである。
海からすぐに斜面になっているため、
資材の搬入はすべて海からの輸送という制約があり、
難工事の様子であった。

現場担当者の方が図面等で説明していただいたが
資材不足のため工程管理が難しいとのことである。
特に生コンクリートの出荷が制限されており、
単価も上昇して予算が組めないとのこと。
 
資材価格の上昇には単品スライドなどの手法もあるので伺うと、
震災とはいえ東北地域限定の物価上昇なので
行政側の明確な答えがもらえないとのこと。

更に、技術者不足でそうした書類作成にまで手が回らない現状で
「予算より工事管理で精いっぱい」とのことであった。
「東北の事だけで建設業法まで変えろとはいえないでしょう」と
建設技術者としての正論と、
「特例を認めてほしい」という本音の両方の言葉を頂いた。



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2013年04月06日 仙台に行ってきました(観光じゃないよ) 2

1.宮城県建設業協会 専務理事 千葉氏

建設会社の経営者でもある千葉氏は 
被災当初、社員や協力会社の安否確認を社内に指示だけして、
建設業協会と宮城県との「災害協定」による
災害応急対応を指揮するために行動を始めたそうである。
 
社員のうち2名の安否の確認がとれないことや
自社の被害も確認できないなか
応急対応の陣頭指揮に当たらざる負えなかったそうである。

「とにかく動く」ことしか頭になく、
まずは人命救助、続く物資輸送のための道路上のがれき撤去など
「いつ寝ていつ食べたか解らない」という数日を過ごしたし、
その時期の記憶があいまいなほど集中していたのだろうと感じているそうである。
 
安否不明の社員のうち1名は
現場事務所のなかで亡くなっていることが確認されたそうだ。
工事現場の同僚などの話によれば、
作業員などを避難させ、
自分は現場の地震による被害を確認して
バリケードなどの安全確認をしてから避難すると言い残して
現場に向かった姿が最後だったという事である。

「津波被害に遭われた多くの方のなかには 
同じように家や漁船などの確認のために海岸線に向かった人が多かったと想像します」

「千年に一度の災害ですから津波の怖さを忘れていたかもしれません」
「やはり訓練が必要なのでしょう」等々、
実際に被災して陣頭指揮に当たられた方の言葉には説得力がありました。
 
復興に当たっては 資材、機械、人材など、
復興に必要なものすべてが不足しており、
建設業界として限界とも言える最大限の努力はしているが
中々すべてには手が回らないとのことであり
「小泉改革以来、建設投資が減り続け、
民主党政権の3年余りで建設業のキャパシティが半減していたなかでの災害なので
期待に答えきれないもどかしさを感じる」とのことである。
 
そもそも建設技術者や技能者の育成は 
経験工学と言われるほど時間と手間がかかることから、
今そこに工事があってもすぐに人間が湧いて出るようなものではなく、
復興バブルも数年と思えば
無理な投資もできないという本音も理解できるところである。

↓ 災害復旧の護岸工事の現場
仙台護岸工事 


市原市においても建設投資は減り続けており、
業者数、雇用数ともに減少し続けている現実がある。
更に臨海部の工場地帯においても、
メンテナンスに関わる人材はリストラされており、
下請け企業も仕事の減少により業態を変えつつある。

コスモ石油のガスタンク爆発は市民に大きな被害は出なかったものの、
大きな災害が重なれば、
空洞化しつつあると言われる臨海部の工場群も
縮小や移転を考える可能性が高い。
 
市行政でできることには限界はあるが 
防潮堤のかさ上げ、臨海部で働く皆さんの避難路などのインフラ整備、
技術・技能継承のための公共工事のあり方、
災害協定の再整備や協定を結んだ企業の評価など、
考慮すべき課題のいくつかが浮かんだ。
 
千葉氏には
東日本大震災での宮城県建設業協会の
活動記録を編集した冊子まで提供していただき、
更には海岸線の復興工事についても見学できるように手配を頂くなど、
ご協力に感謝したい。


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2013年04月05日 仙台に行ってきました(観光じゃないよ)

宮城県の仙台市、東松島市、名取市などを視察してきました。

3.11からまる2年。復興の遅れが報道されております。

現地の復興の様子や暮らしのありようなど
現実を見てみたくなりました。

大震災当初には「物見遊山」的に取られたくなかったのと
地方議員とはいえ、
行くとなれば現地の関係者に
余計な手間を煩わせることになってしまうので
遠慮しておりました。

そんなことで実行した災害被災地の様子を・・・
議長に提出する視察報告書をもとにお伝えします。



◆視察の目的及び選定理由

1.仙台市 宮城県建設業協会 専務理事 千葉氏
  東日本大震災における「緊急対応」「災害復旧」「災害復興」の最前線で
  陣頭指揮を執り続けている方のお話を聞くことにより、
  市原市の災害対応、災害復旧の参考とするため。
  
  また、復興に向かう宮城県の発注者の問題点や
  施工関係者の問題点をお聞きすることで、
  マスコミ報道にある「復興の遅れ」の実態を調査すると共に、
  被災から2年経過して風化しつつある被災地への支援の可能性や
  市原市の「災害に強いまちづくり」の参考とするため。

2.東松島市
  災害により不通になっている仙石線の復旧や
  海岸線の復旧状況を調査することにより、
  公共交通を失った地域の暮らしの変化を実際に見聞し、
  市原市南部地域のように単線の小湊鉄道が被災した場合の参考とするため。

3.仙台市 葬祭業 菅原氏
  約2万人が亡くなった東日本大震災に於いて、
  人の生死に一番近くで携わった方のお話を聞きとることにより、
  災害の悲惨さの実態を知り、
  かつ復興に当たる経済人としての行動など、
  市原市が被災した場合の早急な復興への参考とするため。

4.名取市 ゆりあげ地区
  津波被害の実際と地域の復興手法を調査することにより、
  市原市が被災した場合の参考に資するため。
  また、災害当初に市原市からも職員を5名、
  延べ6カ月間にわたって派遣したこともあり、
  その後の行政支援や、
  現在不足している支援などを調査することを目的とした。


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2013年03月18日 視察に行ってきました。愛知県豊橋市編 4

P3030122渥美半島の感じと
市原市の奥に行くほど過疎化が進む感じは
やっぱり良く似ているんだな。

3.イトーヨーカ堂 豊橋店 イオン豊橋南店
  
イトーヨーカ堂 豊橋店副店長氏にお話を聞いた。
  
店舗は豊橋港周辺の開発地域のキーテナントとして1970年代に出店。
豊橋の地域性として、徹底した車社会、人口の流動化は少ないとのこと。
  
従って商圏はかなり広くとらえているが
店の歴史とともにお客様も一緒に歳を重ねているように感じているそうだ。
品揃えもどちらかといえば高齢者にターゲットを絞っているそうである。
  
テナントも自社グループにこだわらず
地元も積極的に受け入れているとのことで、
逆に
地元の商店主のネットワークが
店の活性化に役立っている部分も感じているとのこと。
  
ヨーカ堂自体の集客力より
テナントの魅力による集客に期待するという言い回しには 
店舗が古い型での集客力の落ち込みもあると思われるが 
ヨーカ堂のビジネスモデルに対する自信喪失があるかもしれないと感じさせた。
  
積極的な地元テナントの受け入れは 
逆に入れ替わりも多いということにもつながり、
お邪魔した時点でも3店舗が撤退したばかりで、
次が決まっていないという現実も話されていた。
  
再開発地域の特性として、
隣接するホテルやチェーン店のレストラン等とも協議会を作って、
エリアとしての集客に努めているというお話を聞いた。

ヨーカ堂の他店舗ではあまり取り組まない手法とも伺ったが、
同じ郊外型大型店舗同士でも情報交換としての付き合いがあるそうで、
当然、地元の商工会議所などとも積極的に連携を図っているそうである。
  
五井駅東口への出店でも
地元商店街や商工会議所との連携に大いに期待したい。

  
イオン豊橋南店では総務課長のお話が聞くことができた。  

この店舗は田園風景のなかに立地しており、
南側だけが国分寺台のような住宅地となっており、
五井駅東口の再開発地域とロケーションがよく似ている。

商圏は渥美半島の約10万人を中心に考えているとのこと。
半島の根元に位置することから、
商圏は円形ではないという考え方で、
「買い物は上ってくる人が対象で、決して下ってはこない」
というのがお客の心理とし、
ターゲットは比較的若いファミリー層としているそうだ。
  
この辺がヨーカ堂との違いと思えたのと、
テナントとしての地元商業者についても「地元は弱い」と一刀両断。
集客力と経営力が期待できないとして、
グループ企業や有名店を中心にテナントを入れる方針だそうである。
  
集客は比較的好調で
車社会の豊橋向けに大きな駐車場も完備し、
お邪魔した開店直後にも関わらずレジには多くのお客が並ぶ風景があった。
  
五井東口は 千葉、木更津に挟まれた立地と
南部地域に向かう細長い商圏と思われるので、
商業エリアとしての活性化にいささか不安な面も感じていたが、
渥美半島の10万人を対象にした商圏設定との類似性を思えば、
「交流と賑わい」という市原市の期待感も
まんざら夢物語だけではなさそうである。




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2013年03月17日 視察に行ってきました。愛知県豊橋市編 3

P3020115とよはし芸術劇場の外観です。

以下、視察報告書から抜粋

2.とよはし芸術劇場と駅前再開発
  
豊橋駅はJR東海道線、豊橋鉄道の路面電車と渥美線の連絡駅、
更に路線バスの発着駅として、豊橋市の主要駅になっている。
  
ただし、城下町の地方都市にありがちなことだが 
城を中心に街並みができてきた歴史と、
そこから離れた線路と駅という構図が 
豊橋の駅前開発にもみられた。
  
つまり、街の中心と駅がずれているという構図である。

  
以前、中心市街地活性化法を活用した駅前再開発の事例として視察した、
秋田県秋田市や青森県弘前市と同じように、  
街の中心としての城跡=市役所と再開発される駅前が
市民の生活とかい離しているという事例(あくまで個人的な感想だが)に酷似していた。

  
再開発による活性化が達成できるかどうかは
これからの取り組みではあるが 
案内をして頂いた豊鉄の係長氏も
「活性化されて乗客が増えていただければいいのですが」 と
どこか歯切れが悪かったのも
駅前再開発による街の活性化に不安を持っているからだろうと推察した。
  
駅前にはもともと西武系の百貨店と地元資本のデパートがあったそうだが、
15年ほど前に西武系百貨店が撤退し、
地元資本のデパートが郊外型の大手スーパーとの競合に
苦戦しながら営業を続けていて、
駅から徒歩で10分ほど離れた場所には
いまだ古い町並みの商店街が残っている。

駅前には新しいホテルも複数開業し、
オシャレな飲食店も軒を連ねている。
また、車社会豊橋を象徴するように駐車場も多く、
中心市街地の再開発としては正攻法の開発と感じた。

とよはし芸術劇場は
豊橋駅から徒歩で10分ほどに立地しており、
元は撤退した西武系百貨店があった場所だそうである。
現在は、建築も終わり、外溝工事の仕上げ段階になっていた。
  
そのため入場はできなかったが
近代的な建築に豊橋市の豊かな財政力を感じた。
  
行政としては豊橋出身の俳優、平田満をアドバイザーに据え、
芸術文化の発信地として、
更には駅前活性化の施設としての期待感を持っていることは想像でき、
こけら落としには有名な芸能人の出演も予定されている。
  
市原市民会館もそうだが
出演者が有名であれば多くの来場を期待できるし、
現に市原市民会館はその手法で成果を上げている。
  
更に駅前という立地は
周辺の飲食店にとっても波及効果が期待できると思えるので、
五井駅前にこの劇場がある場面を想像してみると
中心市街地の活性化策としては有効ではないかと思えた。
  
五井駅西口にはサンプラザと旧住友ビルという
新築に頼らない「ハコモノ」があるので、
少ない投資での活性化策として期待できそうである。


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